要チェック!リサーチサイトブログ:07月04日

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小さい頃、
ボクはパパに対して不満がありました。

わたくしは、父に誉めてもらった記憶がないのです。

親父の言葉で覚えているのは、
「好きにしたらえぇ」「お前やったら大丈夫や」くらいのものです。

おれにはそれが父親から見放されているような感じがして、
一人ぼっちで心細く、寂しくて惨めな気持ちを感じ、
「誉めてほしい」「教えてほしい」「支えてほしい」といった思いが
満たされることはありませんでした。

そして、
「親父はおれのことがあんまり好きじゃないんだ、
だから22時も日曜日も家にいないんだ」
「父が誉めてくれないのは、あたくしがダメだからなんだ」
と感じていました。

大人になった今では、
それが真実ではないことを頭で理解することができますが、
それでも、
心では「愛されていたんだ」と感じて納得するまでには
至っていませんでした。

ところが、
すごく重大なことに気づいたのです。

誉められたことがなかったかもしれないけど、
否定されたこともなかったのです。

結構な放蕩息子であると自覚があるくらいですから、
お父さんにとって、眉をひそめるようなことが何回もあったことでしょう。
意見したかったこともたくさんあったでしょう。

にもかかわらず、
一度もないと断言してもいいくらい、
否定されたことがないのです。

親父がわたしに言うのは、
「好きにしたらえぇ」だけ。

「否定されていなかった」
それは、
「私を傷つけた」「俺に寂しい思いをさせた」
「あたくしに自信がないのは父親のせいだ」
「おいらの求める父親ではない」と、
心の中で何百回何千回とさんざん親父のことを否定し、
責め続けてきたあたしにとって、
雷に撃たれるくらいの大きな衝撃でした。

「否定しない」
それが、パパの愛だったのです。